
Business Media 誠
フィンランドの監督、アキ・カウリスマキの映画は、どのような題材であっても、独特の味付け、コクがあり、悲惨な状況であっても、どこか飄々としたおかしさを覚える。透徹した人間観察からもたらされるユーモアとでも言おうか、何ともほのぼのとした味わいなのである。
カウリスマキ作品のすべてを見てはいないが、パリを舞台にしたボヘミアンたちの群像『ラヴィ・ド・ボエーム』や、フィンランドの失業問題に迫った『浮き雲』、記憶をなくした男の再生を描いた『過去のない男』、孤独な男がマフィアに巻き込まれる『街のあかり』など、市井の、無名の、そして孤独な人たちに注ぐカウリスマキの優しい眼差しが、どの映画にも満ちているように思う。
『過去のない男』では、主人公が、ヘルシンキに戻る列車のなかで、寿司を食べるシーンがある。クレイジーケンバンドが演歌ふうに唄う「ハワイの夜」が挿入される。「ハワイ ハワイ ハワイに身を潜め 残された人生を賭けたこの俺さ」。記憶をなくした男の切ない人生に、残された希望が見えてくるような、すてきなシーンだった。
新作『ル・アーヴルの靴みがき』(ユーロスペース配給)は、フランスの港町ル・アーヴルが舞台。靴みがきで生計をたてている初老のマルセルと、アフリカのガボンから不法入国した少年イドリッサとのふれあいを、おだやかに、優しく、描く。
ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の『商船テナシチー』では、パリの失業者たちが、ル・アーヴルからカナダ移住を目指す。マルセル・カルネ監督の『霧の波止場』では、ジャン・ギャバン扮する脱走兵が、ル・アーヴルからヴェネズエラ行きを願う。
本作の少年もまた、漂着したル・アーヴルから、母親の住むロンドンを目指す。アンドレ・ウィレム扮する主人公のマルセルは、元はパリのボヘミアン、雑文を書いては呑んでばかりの日々を送っていた。かつて、『ラヴィ・ド・ボエーム』に出てきた作家マルセルの、いわば後日談の様相である。パリからル・アーヴルに居を移したマルセルは、靴みがきをしながら、妻のアルレッティ、愛犬のライカと、貧しいけれど幸せな日々を過ごしている。
マルセルは、ひょんなことから、ガボンからの不法入国の少年イドリッサと知り合う。警察から追われる身のイドリッサを、マルセルは匿う。そして、なんとか無事にイドリッサの母親の住むロンドンに脱出させようとする。イギリスは、フランスに比べると、不法入国者たちには寛大な国で、多くの難民たちがイギリスに入国している。警察の厳しい追及のなか、マルセルたちは、イドリッサのロンドン行きを画策する。
マルセルはいまの境遇を、イドリッサに聞かせる。「まともな職業もあるが、靴みがきと羊飼いこそ人々に近いんだ。そして主の山上の垂訓に従う者はわれわれだけだ」と。カウリスマキの信仰については詳しくは知らないが、監督自身の思想そのものが強く現れたセリフと思われる。カウリスマキ作品に多く出ているアンドレ・ウィレムと、妻役のカティ・オウティネンは、いつもながら、そこに居るだけで説得力じゅうぶん。短いセリフなのに、表情の微妙な変化だけで、多くのメッセージを伝える。

















